エジプト人とハチミツとの関係は古く、紀元前1600年代に書かれた『パピルス・エルベス』という古文書にハチミツに関する記述が登場します。
この中で、皮膚病や傷の手当にハチミツを使うことが書かれています。食用としてだけでなく、薬としてもハチミツを使っていたのです。
古代エジプトでは、蜂蜜は特権階級のみ食すことが許され、税金がかけられていました。結婚のお祝いにハチミツを贈る習慣もあったようです。
旧約聖書の「出エジプト記」(紀元前1250年頃成立)で、モーゼに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は、神が約束した地カナンを「乳と蜜の流れる地」と憧れをこめて呼んでいます。
もともと乳や蜜はその栄養価や味わい、人を虜にする優しい甘味が「恵みと豊かさ」のシンボルでした。
遺跡においても、蜂を飼い、蜜で巣を満たし、燻煙器で蜂を眠らせ、蜜を採取している人の様子が壁画に描かれ、既に人々が養蜂らしきことを行っていたことがわかっています。
また、蜂蜜には強い殺菌力があることを古代エジプト人はすでに知っており、プロポリスや蜜蝋とともにミイラ造りに防腐剤として使われていました。
エジプトの古代墓からはB.C1000年以前の壷に入ったはちみつが発見されています。
世界三大美女と名高いエジプトの女王クレオパトラ( 紀元前70年に誕生)が、肌の染みを取るためにハチミツを使用していたという伝説もあります。ハチミツの保湿効果が肌に良いことは、紀元前から知られていたのです。